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最高裁判所第二小法廷 昭和59年(行ツ)70号 判決

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

本件を熊本地方裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人矢野博邦の上告理由について

一  本件記録によれば、上告人の訴えの提起及びその変更の経緯は、次のとおりである。

被上告人は、土地改良法五三条の五第一項の規定に基づき、昭和五〇年一一月二七日付けで上告人に対し、上告人所有の第一審判決物件目録(一)記載の土地(以下「本件従前地」という。)に代わるべき一時利用地として同目録(二)記載の土地(以下「本件土地」という。)を指定する旨の処分(以下「本件一時利用地指定処分」という。)をした。上告人は、同年一二月二〇日付けで被上告人に対し、本件一時利用地指定処分について異議の申立てをした。被上告人は、昭和五一年一月二〇日付けで、右の異議申立てを棄却する旨の決定をした。上告人は、同年二月一九日、被上告人を相手方として、右の異議申立棄却決定の取消しの訴えを提起し、同年七月二三日、右の訴えを本件一時利用地指定処分の取消しの訴えに交換的に変更した。被上告人は、昭和五三年三月三一日、本件従前地を含む地区の換地計画を決定した上、土地改良法五四条一項の規定に基づき、本件従前地の換地として本件土地を指定する旨の同年一〇月四日付け換地処分通知書を同年一一月一三日上告人に送達した(以下この処分を「本件換地処分」という。)。上告人は、昭和五四年一一月二一日、右の訴えを本件換地処分の取消しの訴えに交換的に変更した。本件一時利用地指定処分は、専ら土地改良事業の工事のためという目的で本件土地を文字どおり暫定的な利用地として指定したという処分ではなく、本件土地を将来本件従前地の換地とする予定でこれを一時利用地として指定した処分である。そして、上告人は、右の訴えの変更の前後を通じ、処分の取消事由として、本件従前地と本件土地とが照応しないということを主張している。

二  上告人は、本件一時利用地指定処分に係る異議申立棄却決定につき行政事件訴訟法一四条所定の出訴期間内に取消しの訴えを提起した上、これを本件一時利用地指定処分の取消しの訴えに変更したのであるから、同法二〇条の規定の趣旨に従い、本件一時利用地指定処分の取消しの訴えは、出訴期間の遵守については右の異議申立棄却決定の取消しの訴えの提起の時に提起されたものとみなすのが相当である。そうすると、本件一時利用地指定処分の取消しの訴え自体は、出訴期間を遵守したものであるということができる。ところが、上告人は、本件一時利用地指定処分の取消しの訴えをさらに本件換地処分の取消しの訴えに変更した。訴えの変更は、変更後の新請求については新たな訴えの提起にほかならないから、右訴えにつき出訴期間の制限がある場合には、先に述べた行政事件訴訟法二〇条のような特別の規定のない限り、右出訴期間の遵守の有無は、変更前後の請求の間に訴訟物の同一性が認められるとき、又は両者の間に存する関係から、変更後の新請求に係る訴えを当初の訴えの提起の時に提起されたものと同視し、出訴期間の遵守において欠けるところがないと解すべき特段の事情があるときを除き、右訴えの変更の時を基準としてこれを決しなければならないところ、上告人が本件換地処分の取消請求に訴えを変更したのは、本件換地処分の日から一年以上を経過した後であり、また、本件一時利用地指定処分の取消請求と本件換地処分の取消請求との間に訴訟物の同一性を認めることもできないから、本件換地処分の取消しの訴えにつき出訴期間の遵守があつたというためには、右の特段の事情の存在が肯定されなければならない。この点に関し、原審は、そもそも一時利用地指定処分は、従前の土地に代わるべき一時利用地を指定し、換地処分の公告の日までの期間に限つて、従前の土地についての使用収益を停止し、代わりに一時利用地についての使用収益をさせるという暫定的な処分にすぎないのであつて、換地処分に先行して必ず行われる処分ではなく、また、一時利用地を将来そのまま換地とするために行う処分でもないから、本件換地処分の取消しの訴えが本件一時利用地指定処分の取消しの訴えの提起の時に提起されたものと同視すべき特段の事情が存するということはできないと判示し、本件換地処分の取消しの訴えは出訴期間を徒過した不適法な訴えであるとした第一審判決を是認した。

三  思うに、土地改良事業における一時利用地指定処分は、純粋に工事のための必要に基づくもので当該一時利用地を将来換地とすることを予定しないで指定するものと、当該一時利用地を換地の予定地として指定するものとに大別することができる。土地改良事業は、工事着手から換地処分に至るまでに長時間を要するのが通例であるから、関係権利者の地位を安定させるため、換地処分前であつても、換地処分によつて確定されるべき権利関係をあらかじめ想定し得るに至つた段階において、実質上換地処分がなされたと同様の使用収益関係を設定するという必要性が存する。また、換地処分は、従前の土地に存する権利関係を換地に移転させる処分であつて、その性質上、当該換地計画に係る土地の全部につき一挙に行うことが必要であるところ、従前の土地について存する現実の使用収益の状態を換地処分と同時に一斉に換地に移転させることは困難であるから、換地処分前において従前の土地についての使用収益権限を順次将来換地となるべき土地に移転しておくという必要性が存する。一時利用地指定処分は右に述べたような必要性に基づいても行われるのであり、その場合の一時利用地指定処分は、当該一時利用地を換地予定地として指定し、換地処分前において実質それに相当する使用収益関係を当該一時利用地の上に設定する処分であるということができる。それは、土地改良事業の円滑な遂行のために必要な措置として土地改良法が当然に予定しているものなのである。そして、右の一時利用地指定処分は、右に指摘したように、換地処分で予定された法的効果を仮に実現するという性格を有するから、右の一時利用地指定処分に対する関係権利者の不服が一時利用地として指定された土地の照応の原則違反を理由に取消訴訟という形で表明された場合には、その土地を換地として将来行われるべき換地処分に対する不服が訴えの形で既に表明されたものともみることができるのである。もとより、右の一時利用地指定処分も換地処分の公告の日までに限り法的効果を有する処分であることに変わりはなく、また、換地処分を行うための法律上の前提要件として右の一時利用地指定処分が必要であるとか、当該一時利用地を必ず換地として指定しなければならないというものではないが、そのことと、いつたんなされた右の一時利用地指定処分が換地処分で予定された法的効果を仮に実現するという性格を有していることとは何ら矛盾するものではない。右の一時利用地指定処分に引き続き行われた換地処分において、当該一時利用地が換地として指定された場合、それを一時利用地指定処分とは無縁のものと称することはできず、一時利用地指定処分において表明された土地改良事業施行者の意図の確定的な実現の結果というべきである。

本件一時利用地指定処分も、正規の換地計画決定前のものではあるが、前記のとおり、純然たる工事のための処分ではなく、右に述べた換地予定地的な一時利用地の指定処分であつて、本件土地を将来本件従前地の換地とすることを予定し、実質上本件換地処分がなされたと同様の使用収益関係を本件土地上に設定した処分である。そうすると、土地改良事業の施行者である被上告人を相手方として本件土地が照応の原則に違反することを理由に提起された本件一時利用地指定処分の取消しの訴えは、単に本件一時利用地指定処分自体に対する不服の表明にとどまるものではなく、本件土地を換地として将来行われるべき本件換地処分に対する不服の表明としての性格をも有するものといわざるを得ないから、本件換地処分取消しの訴えは、出訴期間の関係においては、本件一時利用地指定処分の取消しの訴えの提起の時から既に提起されていたものと同様に取り扱うのが相当であり、出訴期間の遵守に欠けるところがないものと解すべきである。

四  したがつて、本件換地処分の取消しの訴えを出訴期間の徒過を理由に不適法として却下した第一審判決及びこれを支持した原判決は、いずれも法律の解釈を誤つたものといわざるを得ず、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、原判決及び第一審判決は破棄又は取消しを免れず、本件を熊本地方裁判所に差し戻すべきである。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八八条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大橋 進 裁判官 牧 圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島 昭)

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